Per Se — New York
2026年10月。
セントラルパーク沿いを歩くと、風にようやく秋の気配が感じられるようになっていた。
向かった先は、以前から訪れてみたいと思っていたミシュラン三つ星レストラン、Per Se。
ニューヨークのレストランランキングでは常に上位に名を連ね、多くのYouTuberも絶賛している。期待しない方が難しい。

窓際の二つの椅子
案内されたテーブルには、椅子が二脚、横並びに置かれていた。
面白いことに、二人ともセントラルパークを背にして、店内を向いて座る配置になっている。
ニューヨークの景色を売りにするレストランが多いなか、これは少し意外だった。
もしかすると、この店は景色に頼らず、料理そのもので勝負するのかもしれない。
そう思うと、期待はさらに高まった。
ただ、私の席は大きな窓に近すぎて、左側から座ることができない。仕方なく、少々ぎこちない格好で右側から席に着いた。
やがて、ソムリエらしき人がドリンクメニューを持ってきた。
なんと、iPad。
カジュアルなレストランではすっかりおなじみになったけれど、三つ星でもそうなのか、と少し驚いた。
もっとも、私の感覚が古いだけなのかもしれない。
ここは深く考えずにおこう。
サービスというもの
食事が始まる前に、お手洗いへ立った。
戻ってみると、ナプキンはきちんと畳み直され、テーブルの上に置かれていた。
けれど、椅子を引いてくれる人は現れなかった。
このクラスのレストランでは、席に戻ると、どこからともなくスタッフが現れて、さりげなく椅子を引いてくれるものだと思っていた。
客席数に対して、スタッフの人数は少ないように感じた。だから、そこまで手が回らないのかもしれない。それとも、アメリカではこれが普通なのだろうか。
ほんの小さなことかもしれない。
でも、こうした何気ない所作も、私にとっては食事の楽しみの一部なのだ。
最初の一口から
アミューズは三種類。
そのうち二品は、とてもおいしかった。
サーモンのタルタルは、小さなアイスクリームコーンのようなものにのせられていて、見た目にも楽しい。

ところが、もう一品。
和牛の上にご飯をのせた、寿司のようなものだった。
これが、どうにもいただけない。
同席者と思わず顔を見合わせた。
和牛?
むしろスパムのような印象。
そして、ご飯はぼろぼろ、ぱさぱさ。どうしたらこんなご飯に仕上がるのだろう。
サーバーに感想を聞かれたら、正直に伝えようと思っていた。
けれど、聞かれることはなかった。
続いて登場したのは、Per Seのスペシャリテ、牡蠣とキャビア。

これは、さすがだった。
キャビアの塩味と、牡蠣を使ったソースのクリーミーさ。そのバランスが実に見事で、思わずうなってしまう。
さすが三つ星。
こういう一皿に出会うと、やはりうれしい。
その後の料理もおいしかった。
ただ、特別な印象を残すほどではなかった。

メインディッシュで起きたこと
この日のメインはラム、あるいは追加料金で和牛を選べる。
私はラムにした。
運ばれてきた肉にナイフを入れる。
……嫌な予感。
なかなか切れない。
ひと口食べてみた。
ん?
私の味覚がおかしいのだろうか。
もうひと口。
やっぱり、何かがおかしい。
さらにひと口食べて、同席者の顔を見た。
相手も同じ反応だった。
塩味がまったく足りない。
そして、肉が硬い。
素材も味付けも、到底納得できるものではなかった。
「ビジネスクラスの機内食みたい……」
同席者のこのひと言が、あまりにも的確だった。
ビジネスクラスの機内食なら、十分満足できると思う。
でも、ここは飛行機の中ではない。
サーバーが皿を下げに来た。
最後の料理だったからだろうか、ここでようやく感想を尋ねられた。
私は正直に伝えた。
すると、
「何か別のものをお持ちしましょうか? 和牛はいかがですか?」
と提案された。
デザートも控えているし、もう結構です、と答えた。
すると彼女は、満面の笑顔でこう言った。
“OKAY! AS LONG AS YOU ARE HAPPY AND FULL!”
……え?
Happy and full?
お腹がいっぱいになれば、それでいい?
お腹をいっぱいにするだけなら、近所のピザ屋で4ドル25セントのマルゲリータを100スライス食べればいい。
ちょうど425ドル。
この日のコース料金と同じだ。
もちろん、そんな量は食べられないけれど。
私が425ドルを払っているのは、空腹を満たすためではない。
料理はもちろん、空間、サービス、そして日常から少し離れた時間。そのすべてを楽しみに来ている。
何より残念だったのは、何が気に入らなかったのか、一度も尋ねられなかったことだ。
代わりの料理を提案してくれたのはありがたい。
けれど、料理に対する客の反応を、もう少し知りたいとは思わないのだろうか。
レストランの一員として、一皿に責任を持つという気持ちが、あまり伝わってこなかった。
甘いものにも、明暗がある
デザートは三品。

チョコレートは絶品だった。
コーヒーのセミフレッドも、とてもおいしい。
一方、アーモンドのジェラートは、塩漬けのアーモンドを使ったのではないかと思うほど塩辛かった。
私はめったに料理を残さない。
それでも、これは残してしまった。
その後、コーヒーとプティフールが運ばれてきた。
ちなみに、プティフールは無理に食べきらなくても、包んでもらえる。
帰り際に、お土産のクッキーと一緒に渡してくれるのだ。
……それは、もう少し早く教えてほしかった。
私が三ツ星に求めるもの
この日、私が楽しみにしていたのは、料理だけではなかった。
私の両親は食器にこだわる人たちだった。幼いころから美しい器を目にして育ったせいか、料理だけでなく、それを盛りつける器にも自然と目が向く。
このクラスのレストランでは、素敵なお皿に出会うと、思わず裏返してどこのものか確かめたくなることがある。
もちろん、実際にひっくり返したりはしないけれど。
けれど、この日の食器やカトラリーには、特に印象に残るものがなかった。
非日常の空間と、ほんの少しの緊張感。
背筋が自然と伸びるような、特別な時間を味わいたかった。

おしゃれを楽しんでいる人たちや、素敵な家族連れも多かった。
けれど、店内にはローリング・ストーンズが流れ、客たちの話し声が重なって、少しがやがやしていた。
ヨーロッパや日本の同じクラスのレストランでは、誰に言われるでもなく、皆が少しだけ声のトーンを落として話す。そこには、凛とした空気と心地よい緊張感がある。
私が期待していたのは、そんな雰囲気だった。
ニューヨークでミシュラン三つ星のフレンチを訪れるのは、これで三軒目。
三度目の正直となるか。
そんな期待を抱いていたのだけれど、結果はどうやら「仏の顔も三度まで」。
仏様、ごめんなさい。
ニューヨークで三つ星を追いかけるのは、もういいかな。
少なくとも、今はそう思っている。
M at the Table-私の結論
また訪れたい?
いいえ。
一人でも訪れやすい?
はい。女性でも男性でも、一人で食事をして気まずくなるような雰囲気ではありません。
一人と二人、どちらがおすすめ?
どちらでも。一人でも気まずさを感じることなく食事ができるし、誰かと一緒でも楽しめると思います。
料理の量は?
私のような中年女性でも食べきれる量でした。プティフールを持ち帰れば、なおさら。
価格は?
コースは425ドル。立地やレストランの格を考えれば、価格設定そのものは妥当だと思います。
チップは料金に含まれているので、追加する必要はありません。レシートには記入欄がありますが。
店内の音は?
アメリカのレストランとしては比較的静かな方。ただし、ヨーロッパや日本の同クラスのレストランと比べると、騒がしく感じました。
Observations, not scores.
星の数ではなく、そこで何を感じたか。
それが、M at the Tableの記録です。

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